こいちゃの日記

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2009.03.13 Friday

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島原大門〜@京都

2006.07.09 Sunday 00:36
さて、三室戸から京都市内を横断して島原へ。今回の島原訪問は、角屋さんで開催中の「松村景文展」(7月18日まで)が第一目的です。

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まずは京阪三室戸駅から中書島乗換えで七条駅まで。206系統の市バスにのって西本願寺さんの西側にある島原口で下車。(実はこううまくはいかず七条通をかなり歩くハメになったのですが、それはまた後の機会に^^;) 徒歩5分ほどで島原の西の入り口、柳も青々しい大門↑へ。少し寂れた昔懐かしい感じの島原商店街をぬけると、時の流れに取り残されたようなこの高麗門があらわれます。

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大火のあと、慶応3年(1867)に建て替えられた門で、島原の歴史ほど古くはありません。現在は京都市登録有形文化財。横には島原の説明と太田垣連月の歌を彫った石碑が。

江戸時代隆盛を誇った公許の花街・島原。正式地名は「西新屋敷」ですが、官命により、寛永18年(1641)に東本願寺の北側・六条三筋町から移され、その急な移転騒動が「あたかも島原の乱の如し」と言われたことから、「島原」と呼ばれるようになったそう。当時は何もなかった西の端の現在の地に移転を命令されたそうです。

島原は、寛永18年の開設以来、公許の花街(歌舞音曲を伴う遊宴の町)として発展してきましたが、単に遊宴だけを事とするにとどまらず、和歌や俳諧などの文芸が盛んで、江戸中期には島原俳壇が形成されるほどの活況を呈しました。(これは、今回の島原行きの第一目的地だった角屋のサイトから抜粋しました)
炭太祇や与謝蕪村なども島原と関りが深く、また、景文のお兄ちゃんである呉春は、逸翁美術館のエントリでも触れましたが、島原の太夫さんをお嫁さんにもらっています。
太夫さんといえば、秋に行った鷹ヶ峯の常照寺ゆかりの吉野太夫もこの島原の太夫さんでした。彼らの縁の地。大門のあたりからもう心はウキウキです。

また、幕末には、女流歌人蓮月尼(1791〜1875)が島原を褒めた歌を遺すなど、女性にとっても親しい町でありました。
蓮月尼は、二度結婚しますが、どちらも夫に先立たれ、その上、幼い子供たちも亡くし剃髪した女性。その後、あの鉄斎に影響を与え育てた教養人としても知られていますよね。島原の石碑に彫られている彼女の歌は、
嶋原のでぐちのやなぎをみて
なつかしき やなぎのまゆの春風に なびくほかげや さとの夕ぐれ

島原は、立地の悪さから徐々にさびれ、花街としては昭和52年(1977)で営業を終えたそうなのですが、中に足を踏み入れると、建て替えられたものも多いとはいえ、今でも当時を偲ばせるような建物が残っています。

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これは島原商店街ですが、長屋の右端は木造三階建てです。往時はなんだったのでしょう?

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こちらは大門はいってすぐの、今は民家のようです。この障子の桟にしばし見とれておりました。このデザインの組合せ、この華やかさは何?! 後で行く角屋さんの障子の桟も素晴らしくてただただ感動したのですが・・・

つづく・・・です。
その他の建築・庭園@京都 | comments(10) | trackbacks(1)

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2009.03.13 Friday 00:36
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コメント

こんばんは。
こいちゃさん、京都大移動ですね。
お疲れさまです。
私も、この門を見る度に、2年ほど前の京阪電車主催
「京都新選組walk」に参加して、市内17kmを歩いた事を
思い出してしまいます。よく歩きましたよ〜!
この辺り、新選組の近藤さんたちも歩いていたかと
思うと・・・。タイムスリップしたような街並ですね。
| 一休 | 2006/07/09 12:58 AM |
☆一休さん
長かったです〜 角屋さんで開催中の展覧会が17日までだったので、祇園祭が近づいたら予約必須になるかな?と思って、京都駅でのウィリアムモリス展とセットでいってしまおうと頑張りました! 
17kmって凄いですね〜^^;想像つきません。でもそういうツアーって楽しそう。色々気がつかないところを説明してくれそうですね。角屋さんで新撰組の刀傷を幾つか見ました。あそこの2Fは素晴らしいですね〜感動して帰ってきましたよ!
| こいちゃ | 2006/07/09 8:11 AM |
私も京阪のどなたかが引率して、京都市内を
歩いてガイドしてくれるのかなと思ってたら、
京阪三条の駅で、地図とペットボトル飲料だけ渡され
「はい、後は各自で〜」というイベントでした。
それからは、地図と各ポイントに貼ってある目印を
参考に、オリエンテーリングみたいものでしたよ。
三条京阪〜京都御所〜二条城〜壬生寺〜島原〜京阪七条
と歩いてきました。ふ〜っ^^;
おかげさまで、市内の地理はバッチリです!
| 一休 | 2006/07/09 1:28 PM |
☆一休さん
え、そうなんですか! あら〜 京阪もおけいはんと歩こう!ぐらいの企画はしないと!(笑) でもそういう機会でもないと歩きませんもんね!^^ それにしてもすごい距離ですね〜 へたりそうですが、充実感ありそー。
でも七条通はさりげなくレトロビルがあるんですね。これはなんじゃなんじゃ!と発見の旅でした。やっぱり歩かないと見えないものありますね〜
| こいちゃ | 2006/07/09 9:39 PM |
私も、新撰組のブームのころに壬生から島原、本願寺と歩きましたよ。
角屋さん、いいですよねぇ〜!
輪違屋さんも、そのキャンペーンのときは、予約?したら見せてくれたようでしたよ。

ところで、私も、ウィリアムモリス展行きたいのですが、どうも時間がとれそうにありません・・・涙。
京博だけは、なんとしても行かねば!!
| よりりん | 2006/07/09 10:13 PM |
☆よりりさん
そうですか〜あまり新撰組に興味なかったので、ドラマもみてなかったし・・その頃行っておけばよかったんですね〜残念! 
モリス展は、うーん、期待大だったのですが、えきKYOTOですからスペースなくて展示数も少ないし(笑)超極私的には、ぜひぜひ!これはいかねば損!とオススメするような展覧会ではなかったです。ウィリアムモリスと仲間たちの大ファンのひとやデザインを専門にされてるひとならいいかも?? 京博は楽しみですね!でも展示替やめてほしー(笑)
| こいちゃ | 2006/07/10 7:35 PM |
この最後のおうちは、私もしばし見とれました。

生活の中の「美」というか、「デザイン」というか、
今でいうほんとに「ELLE DECO」的な暮らし観ではないかと思います。もちろん日本ならではの。

このおうちはぜひぜひこのままの景観を保って欲しいですね!
| たんぽぽ | 2006/07/10 8:32 PM |
☆たんぽぽさん
わ〜たんぽぽさんもこのお家に見とれたんですね!
わたしは、このおうち、ちょっと粋で艶があるように感じて、やっぱり揚屋さんとかしてた建物なのかな?と思いました。町家をきをつけてたくさんみたわけではないのでわからないのですが・・・また見て歩きたいものが増えてしまいそうです(^^;) 島原の歴史はもっと調べてみたいな〜
| こいちゃ | 2006/07/10 9:09 PM |
お久しぶりです。

勝手ながら、嶋原の記事にリンク&TBさせて頂きました。
...えー、暫くTB攻勢続くかもしれません。いやもう、まことにあいすまんこってす。
| ぢぇみに | 2008/01/15 1:30 AM |
☆ぢぇみにさん
コメント&TBありがとうございます!
レスが遅くなって申し訳ありません。嶋原行ってこられたんですね。楽しく拝見させていただきました。コメントも残さず失礼させていただきましたが・・・また落ち着きましたら、ゆっくりお伺いさせていただきますね!
| こいちゃ | 2008/01/28 10:28 PM |

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嶋原遊興 -大門-

京都 嶋原。 江戸 吉原、大阪 新町と並ぶ江戸期の三大遊郭の一つ。 なお、「太夫」と呼ばれる最高位の遊女が存在したのはこの三大遊郭のみである。 ...「遊郭」というとどうしても「吉原遊郭」のイメージがありまして、そうすると現在の吉原の延長上でモノを
| 極秘計画資料室 [Jemini's Blog 4th edition] | 2008/01/15 1:27 AM |