こいちゃの日記

こいちゃの徒然日記へようこそいらっしゃいました。
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神社仏閣・近代建築も追加です。瓦と狛犬も見始めました。
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2009.03.13 Friday

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熊野速玉大社@和歌山・新宮市

2006.06.15 Thursday 17:08
神倉神社を出て、熊野川河口近くにある、熊野三山のひとつ、熊野速玉大社に向かいました。

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丹塗りの神門。
創建は、御由緒書には景行天皇五十八年とありますから、128年。でも、1883年(明治16)に港の打ち上げ花火により社殿が全焼し、現在の社殿は1967年(昭和42)に鎌倉時代の様式で再建されたものだそうなので、まだとても綺麗です。花火で焼けるてしまうなんてたいへんだったでしょうね。しみじみ・・・・

2004年7月1日、「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。

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緑のなかのこじんまりとした落ち着いた神社です。神々しいというよりは、親しみ易くて清潔でいい感じ。こちらは観光バスなども来ていて、そこそこの人出です。

御由緒書によると、
熊野速玉大社は、熊野三山のひとつとして全国に祀る数千社の熊野神社の総本宮です。今から約二千年ほど前の景行天皇五十八年の御世に、熊野三所権現が最初に降臨せられた元宮である神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより神倉神社の『旧宮』に対して『新宮』と号したと古書にみえます。
御祭神は、熊野速玉大神(いざなぎのみこと)・熊野夫須美大神(いざなみのみこと)を主神に、十二柱の神々を祀り上げ新宮十二社大権現として全国から崇敬を集めています。

十二柱の神さまについては、速玉大社のホームぺージをご覧ください。

こちらには、狛犬さんがいました。
いつ頃のものでしょうか。
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                    手水は龍です。鼻が長いですね〜。
                    チョーカーしてリュックを背負ってるようです。

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境内には、皇族の成績表・・・
じゃない行幸回数を書いたリスト。侍従長入江相政謹書とありました。
一番多いのは後白河法皇。33回。梁塵秘抄やら絵巻やらつくらせたり、熊野詣したり、エネルギッシュな法皇さまやなあ・・・今様だけでなくて、お出かけも大好きだったんかな〜・・

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こちらは宝物館の前の武蔵坊弁慶像。

弁慶は熊野別当湛増(たんぞう)の息子だったという話がありますが、この地の言い伝えとしては、弁慶の出自としては、熊野速玉大社に仕えた熊野三党のひとつ鈴木一族とされているそうです。弁慶って鈴木さんやったのね・・・
また、その最後については、義経の叔父、新宮十郎行家(こちらも熊野別当の娘が母。新宮に住んでいたので新宮)とともに、この地で討ち死にしたとも伝えられているそうです。平泉じゃないのかね〜。あれ切なくていいシーンなのにね〜(・・・ってかわいそうで、義経のドラマもあのあたりに来ると観れないのだけど・・・)

ともあれ、熊野三山のもつ熊野水軍が源氏についたことで源氏が海戦に勝利したことや、熊野水軍が全国に広がる熊野神社のネットワークを利用して情報収集を行っていたという話などは、とっても面白そうです。
皇室がせっせと熊野詣をしたことは、熊野水軍をもつ熊野三山の忠誠心を助長し・・・と説明書にありましたが、後白河院が33回も通ったのも、こんなこととも関係があるのかしらん?

宝物館は残念ながら、夕方で閉館したあとだったのですが、まー、去年和歌山県立博物館でみたし・・・(熊野速玉大社の名宝展のエントリ)。

そういえば、今年の秋には、同博物館で、
「世界遺産登録記念特別展「熊野・那智山の歴史と文化−那智大滝と信仰のかたち−」10月7日(土)〜11月19日(日)が開催されます。また無料ディにいこかな♪(^^)


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