こいちゃの日記

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2009.03.13 Friday

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随心院梅林@京都山科

2006.03.29 Wednesday 09:30
京都国立博物館の前に行ったのが小野の随心院。京阪三条から地下鉄東西線で15分ほどだし、京博への移動が便利な梅林ならここかなとチョイス。梅だよりの表示が「満開」になったところでした。
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随心院は真言宗善通寺流の大本山。弘法大師御入定後、一条天皇の正歴二年(西暦991年)弘法大師より8代目の弟子にあたる仁海僧正の開基にして、古くは牛皮山曼荼羅寺と称されたそう。七堂伽藍が壮美を誇っていたそうですが、承久応仁の乱でことごとく灰となる。その後慶長4年(1599)に本堂が再建、以後、九条・二条両家より門跡が入山し再建なった。

随心院で有名なのが小野小町とはねずの梅。古来、小野の地には小野一族が住み、境内の「小町の化粧井戸」のあたりに、夫であった仁明天皇が亡くなり宮仕えをやめた小町が隠棲していたという。(滋賀の小野にも小野一族ゆかりのものがけっこうありますよね?) 
薄紅色のことを、古くは「はねず」ということから、「はねずの梅」と呼ばれている紅梅が、およそ200本あるそう。京都のなかでも遅咲きなので、市内の梅を見逃しても、まだここがある!っていうところ。
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小野駅に着いたら市内よりもちょっと温度が低い。春の装いでは寒い。

「寒〜。深草の少将も、こちらに通ってきてたら寒くて風邪ひいて、それがもとで死んだのとちがう」(実際大雪だったという話)
「病は気からやもん。99夜も通ってくるうちに、どうも脈がなさそうだって絶望して病気になったのとちがう」
「途中でほだされてもいいのに、それだけ通ってきても、OKしなかったのは嫌いやったんよ〜 100夜通ってきてもやっぱりダメだったのと違う〜イヤなものはイヤだったのよ〜」
「せっかく静かな生活送ってるのに、しつこい〜とかって? 100夜通ってきたら満願、なんて言うのは宮中の男性をみて男性不信になっていたか?」

・・・などと、震えながらしょーもない話をしつつ随心院へ。中学生の頃は「百夜(ももよ)通いの深草の少将」ってすごくロマンチックな話だと思っていた・・・
えっと、実際は亡き仁明天皇を慕い続けて他の男性を拒絶していたという説もあるそうなので、もっといい話なのかもしれませんね。
zuishin1
うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物はたのみそめてき

いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣をかへしてぞきる

いい歌多いですね。才色兼備の小野小町。若い盛りを過ぎて隠棲していてもさぞかし臈たけて魅力的だったのでしょう。でも、少将が百夜通いしたという道も、昔は茶屋があったらしいのですが、現在は何もなくてその風情をしのぶすべもありません。
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ともあれ、梅園は、大阪城の梅林のあとでは、こんな小さかったっけ?あれすぐ出口!って思ったけど(笑)、よく咲いていました。大阪城とはまた違う風情。まだつぼみのものも多かったので(3月25日)、これから少しの間は楽しめそう。

3月26日は、女の子が小町と少将に扮するはねず踊りがある日で、私達が言ったのはその前日。舞台を組む作業中だったり、トラックがはいっていたりしてお堂や門の写真が撮り難いこと、瓦は、陽射しが強くてこれも撮り難い事・・なのであまりアップできる写真がありません(汗)

庫裏を入ると、はねず踊りの人形が飾られていました。
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これがすごく顔がかわいいのです。中山多美子作となっていました。

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2009.03.13 Friday 09:30
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隨心院門跡

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| 関西おいしいもの♪ | 2006/03/29 2:02 PM |