こいちゃの日記

こいちゃの徒然日記へようこそいらっしゃいました。
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2009.03.13 Friday

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熊野本宮大社@田辺市・和歌山

2006.01.03 Tuesday 21:04
さて、やっと熊野詣でのアップです。
大晦日に熊野本宮大社に行ってきました。熊野三山(あとふたつは熊野那智大社、熊野速玉大社)のひとつ、全国に散在する熊野神社の総本宮です。本宮大社の主祭神は、家津美御子大神 (素盞鳴尊) であり、樹木を支配する神であり、木(紀)の国の名の起こりはここからきているそう。第十代崇神天皇の御代に熊野連が社殿を造影したといわれています。

崇神天皇の御代って? 

調べてみました。紀元前97年〜30年とも!(実は3世紀?)

大阪から車で4時間。長い時間座るので心配だったのですが、座席をたおして、途中ストレッチ休憩(笑)をとってもらいつつ、行ってきました。電車だとJR紀伊田辺駅からバスで1時間50分ほどだそうです。

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鳥居をはいると、社殿まで木々に囲まれたこういう石段が続きます(上から撮った写真です)。128段あるそうです。えっちらおっちら登りました。本宮は覚えている限りでは2度目です(ちっちゃい頃のことは記憶にないので・・・)。でもこんな石段ながかったっけ?・・・

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げ〜数年前のことも覚えてないよ〜、熊野の神さまにおつむの健康も祈ろうと思いつつ登ります。
祈りをこめた(おつむの健康と書いてたものはないと思います)奉納幟が無数にたてられています。平安時代中期ころから日本では、神と仏を区別しないために、仏が神として権(かり)に現れたと考えられましたので、こちらの神さまも熊野大権現と呼ばれてきました。

石段の途中に祓戸神社があり、ここで身の穢れを祓ってすすみます。
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後ろからの眩しい光で神々しく、心が静まるような場所でした。

石段を登りきると神門がみえてきます。
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熊野で神の使いとされている八咫烏(やたがらす)の幟がたてられています。鳥居の横にもありました。神武天皇が日向の国の高千穂の宮をでて、熊野から大和に入る(神武東征)時に熊野の神に使わされ道案内を務めたとされる三本足の大烏です。
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日本サッカー協会のシンボルとしても有名になりました。
めちゃお頓狂な親しみやすい顔をしています。こんなイラストを選ぶなんて関係者のかたはなかなか面白いかたかも知れません。そういえば、TVでみた宮司さんも他の神職さんも楽しそうな方々でした。烏の下の波の絵、北斎の「神奈川沖」に似てますね〜

神門をくぐると、檜皮葺きの社殿が3棟並んでいます。向かって左から第一殿・第二殿の相殿(あいどの)、第三殿、第四殿。

第一殿には熊野牟須美神(那智大社の神さま)、第二殿には速玉之男神(新宮の速玉大社の神さま)を祀っています。相殿なので一番大きい社殿です。(↓の写真の左にチラと屋根が写っています。これだけみても大きい)。

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第三殿は、本宮の主神の家津美御子大神(けつみみこのおおかみ、素盞鳴尊ースサノオノミコト-と同体とされる)の社殿です↑。神門から内は撮影禁止なので、この写真は門の外から撮りました(?外からでもダメなのかな?)。享和2年(1802年)の熊野権現造で、重文です。

熊野本宮大社が現在の地に映ったのは明治22年です。もともと近くの熊野川の中洲にあったのが、大洪水でかなり流されてしまい、残った社殿の古材を使ってこの高台に遷座したのだそうです。。

この右に第四殿があり、天照大神を祀っています。素盞鳴尊のお姉さんで、伊勢神宮内宮の御祭神ですね。スサノオにアマテラスといえば、わたしはどうも、小さい頃「日本の神話」で読んだ、あばれんぼうな男神の弟とそれに手を焼く姉神のイメージがぬけません。

(四つの社殿には別の神さまも一緒に祀られいるのですが、詳しくは熊野本宮大社のサイトに載っています。)

近世以降は、那智の牟須美神はイザナミ神、速玉神はイザナギ神と同一視されることもあったそうですので、そういう意味では両親神と姉弟神が祀られていることになりますか・・・・。

ただし、熊野本宮大社のサイトでは、速玉神は、イザナギ、イザナミ神の御子とされています。速玉大社では、牟須美神はイザナミ神、速玉神はイザナギ神、牟須美神は速玉神の妃とされています・・・・ふにゅにゅ・・・・

家津美御子大神という名はのちにつけられたもので、もともとは熊野坐神(くまのにいますかみ)と呼ばれていたそうです。神門にはそう書かれています↓。熊野にいらっしゃる神さま♪・・・・しのごのいわずに、要するにそういうことなのですね。
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順番に全部の神さまにおまいりしてきました。前回本宮に来た時も、大晦日でした。その時は、帰りに、「あれ!? うっかり、今年もよろしくお願いします、って言わなかったかな! 神さまが、なんや、あと一日でええんかいな、と思ってたらどうしよう〜」と心配したのですが、今回はちゃんと、来年も宜しくお願いします、とお祈りしてきました♪

さて、この後、31日にアップした茶房珍重庵でお蕎麦とめはり寿司で休憩をとり、本宮大社の旧社地、大斎原(おおゆのはら)へ向かいます。


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2009.03.13 Friday 21:04
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コメント

こいちゃさん、どうもです。
今年もよろしくお願いします。
熊野、いいですね☆
私も5、6年前に1度三山を巡ったのですが、
その時和歌山の海の大きさと山の深さと、原始的な強い力に
感動して、一気に大好きになってしまったのを思い出します。
特に那智の滝と、新宮の速玉神社を通り越して神倉神社の力には
強烈に惹かれ、ついでに中上健次の言葉にまで反応しました。
そう言えば、以前行った時は本宮で頭痛がし、
熊野古道の牛馬童子像ではカメラのシャッターが
突然おりなくなった(その場所でのみ)ということもありました・・・(笑)
なんせ、熊野は手付かず原石級の神秘がまだ、ありますね。
ぜひ、近々再び行ってみたいところです。
| たんぽぽ | 2006/01/03 11:20 PM |
☆たんぽぽさん
こちらこそ今年も宜しくお願いします!
またカブリましたか!^^嬉しくなりますね♪
全部まわられたんですね。わたしは速玉と神倉はいまだに行ったことがないんです!今回家族がみな早く起きれたら(笑)新宮にもまわる予定でしたが・・・。中上健次はどれがよかったですか?
熊野はやっぱり不思議な気に満ちたところですよね・・・。・ドンカンな私でさえ感じるところがあります。牛馬童子さんはなんで写真撮られたくなかったのかな〜・・・(笑)
それにしても今回ぐらい気持ちよかったのははじめて!^^春ぐらいにまた熊野詣でしたいな〜と家族で言っています。
| こいちゃ | 2006/01/05 6:07 PM |
ふたたび、どうもです。
また機会があれば、ぜひ神倉神社、行ってみてください。
とても急な石段を、冬でもちょっと汗ばみながら上りきると、
ゴトビキ岩という、今にも転がり落ちそうな大きな岩があります。
それはさておいて、何と言っても、その場所から見る決して大きくはない新宮の町と
でも、その自分が今上ってきた足もひるみそうな急な石段を、
年に1度、地元の男たちが松明を掲げながら夜、駆け下りるという
祭りがある、ということに思いを馳せるとき、
この小さな町に確かに横たわっている大きな力の塊を感じます。
私が個人的に、中上健次にも確かにそれを感じるのは
『十八歳、海へ』という短編集の中の『海へ』という作品です。
洗練はされていないけれど、
確かに体と心を削って出てきている言葉です。
機会があればこちらもぜひどうぞ。
| たんぽぽ | 2006/01/06 11:59 PM |
☆たんぽぽさん

たんぽぽさんがそんな風に感じたところ、ぜひとも行ってみたくなりました。

じつは、一度は、4日に行こうという話になったんですが、わたしの調子が悪くてパス。そしたら家族は春に行こう!といってます。石段はすごいらしいので、登れるのかな〜、というより降りれるのかな〜と不安ですが・・・・。神が降臨したという磐座、ぜひいってみたいです。
今年は美術館巡りもいいけど、古来から信仰の対象となった巨石巡りもしてみたいなあ・・・・

中上健次の『海へ』ですね!ありがとうございます。たんぽぽさんの感想をうかがってぜひ読んでみたくなりました。短編だったらそんなに負担じゃないし、嬉しい!本屋さんに行ってみます。
| こいちゃ | 2006/01/07 4:55 PM |

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