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実相院を出て、すぐ近くにある岩倉具視幽棲旧宅へ。歩いて3分ほどです。
この門の右手にある通用口が受付になっています。
岩倉具視(1825〜83)は,公武合体を図り和宮降嫁を実現、尊王攘夷派から「幕府寄り」と
糾弾を受け、幕末の1862年から5年間、縁のあったこの岩倉村に蟄居したそうです。
大工の住まいを買い取ったという平屋の質素な建物と、後に建てたというこれもまた
平屋の質素な建物があります。当時のものらしく歪んだ硝子障子がはめられていました。
西郷隆盛、大久保利通、桂小五郎、中岡慎太郎、坂本龍馬など、維新の志士達が夜な夜な訪れ
倒幕と王政復古について議論を交わしたとか・・・・。
地元の方にうかがったら、このあたりは冬は比叡おろしが吹いてとても寒いんだそうです。
そんななかここまで通ってきたんだろうな・・・・
この日は実相院から来たらしいひとたちがず〜っと縁側に座り込んでいて次の紅葉の
目的地の相談をされていましたので写真はあきらめました〜。
敷地内の隣に洋館があり、「対岳文庫」として具視の遺品などが展示されています。
土佐藩士に襲撃されたときの衣装や、欧米渡航の際、見学したリチャード・ジノリの工場に
残されていた署名入りのジノリのお皿、具視が亡くなる一日前に自宅で臥せっていた具視
のもとを訪れた明治天皇、布団の上に娘に身体をささえられて上体を起こす具視、平伏す
妻の様子が描かれた絵など・・・・
お庭は広くはないけれど、綺麗に色づいていました。
旧邸は国の史跡、対岳文庫の資料1,011点が重要文化財、109点は京都市有形文化財に指定されています。
さて、同じ叡電沿いにある一乗寺の「圓光寺」を目指します。
私のお休みは月曜、木曜が多いのでどうもお休みの日にあたることが多いようです。
こちらでお庭の様子を見せていただけでよかったです。